2009年9月2日水曜日

安田章紀「ニンマ派研究の現状と展望」

 ニンマ派研究は近年、急速に発展しつつあるが、研究者の多くは文献学的方法論に立脚している。しかし、ニンマ派の文献学的研究に対しては批判的な意見も提示されている。それによると、ニンマ派の実像の解明には、あくまで同派に対する研究者個人の参与と体験が必要であり、文献学的方法論で可能なのは概念や言葉の皮相な解説だけである。

 文献学的方法論と対置されている、このような「参与的方法論」は、ニンマ派が単なる過去の遺物ではなく現在まで命脈を保っている生きた宗教現象であること、文献学的研究において同派の儀礼・実践的側面に関する研究の進み具合がはかばかしくないことを考えれば、積極的に行なわれていかなければならない。ただし、参与者が今日体験するニンマ派の姿が歴史的、地理的にどの程度まで普遍性を持っているのか慎重な吟味を要するほか、参与の度合いによっては研究者の主観性が入り込む危険性があることに注意が必要である。

 一方、文献学的方法論については、批判的な意見に関らず、ニンマ派に対するアプローチの1つとしての有効性は揺ぎ無いものと考えてよいように思われる。理由としては、文献学的研究が研究者によって個人差はあれ、ニンマ派の伝統との連絡を保っていること、文献がニンマ派の遺産の1つである以上、入念な整理・分析が施されなければならないこと、文献学的研究がニンマ派の伝統の中で埋没し忘れ去られていた同派の過去の姿をも明るみに出しつつあること、などが挙げられる。

 結論として、参与的方法論と文献学的方法論の2つは互いに相補いつつ発展することが望ましく、そうして初めてニンマ派研究の最終的な目標である同派の包括的、全体的な解明が可能になると考えられる。

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